忍者ブログ
「いけね、コロッケ踏んじゃった。」
[35] [34] [33] [32] [31] [30] [29] [28] [25] [24] [23]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

独自取材第二段。
これをカテゴリ的に
「寺社仏閣」とすべきか「城」にすべきか悩むところ。

「藩邸」なんていう増えそうにないカテゴリもおかしいしなぁ・・・

やってきました世田谷区三軒茶屋(下馬)。
歩いて来れる距離なのですが。


徳島藩屋敷門

どーん。
れっきとした、武家屋敷門です。

それも貴重な「江戸の大名屋敷(藩邸)の門」という遺構なのです。
もはや東大赤門ぐらいしか知られていない、そんな藩邸の門。

「阿波徳島二十五万石の大大名、蜂須賀氏屋敷門」


場所はここです。

武家屋敷門%%http://maps.google.co.jp/maps?&q=35.63927540165681,139.6780300140381+(%E6%AD%A6%E5%AE%B6%E5%B1%8B%E6%95%B7%E9%96%80)&hl=ja&ie=UTF8&z=18%%35.63927540165681%%139.6780300140381%%18

衛星写真に切り替えると、ちゃんとこの門の屋根が見えます。

なぜか東京、世田谷、おしゃれタウンと呼ばれる三軒茶屋にあるのです。
由来はのちほど。

では眺めてみるのです。

電球付
すっかりお寺の紋がつき、
電気まで装備されているのです。

ま、現役稼動のお寺の門なのでオッケーなのです。
むしろ千社札のほうがうざいのです。

中から

内部から見たところ。
この風景を、徳島藩主や藩士たちも見たのでしょう。

番所

脇には番所もあり。
堂々二十五万石の大名屋敷門として・・・は・・・小ぶりな感じがしますが、
立派な門です。

下屋敷とかの門でしょうか?

説明板

由来書き。
簡単に言うと
・三田にあった藩邸の門である。
(表裏や、上中下のどの屋敷?という記述はなし)
・案外新しく、幕末に作られたものである。
・が、大正時代に移築されたものであるらしい
・なんでそうなったか、それまでどうしていたかは不詳
(経歴は把握されていない模様)

・・・ま、貴重に変わりはないのです。
それもこんなおかしなところに”現存している”、という事実が大事。


PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
忍者検索

shinobi ブログ内検索
忍者AD
忍者貯蓄
忍者解析






QR
シムエントリ
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright © 歴史のバカ。 All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]